フィリピンに潜む貧困の闇 スラムに生まれた子供達 抜け出せないドロ沼経済事情

フィリピンの貧困の闇 スラムに生まれた子供達はどのような生活をしているのか?何かしてあげられる事は無いのか?教育事がスラムの現状を救うカギとなる

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私のフィリピン(ダバオ)移住物語

フィリピン移住

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こんにちは でびきんです。
フィリピンに移住してもう15ヶ月が過ぎようとしています。
英語が全然出来ない状態からの移住スタートしてから少しはマシな英語会話が出来るようなりました。

そこで、今日は初心に返ってフィリピン移住した日の体験談を書きたいと思います。
少しは参考になる事もあるかも知れませんが文章の殆どは私の私的な事ですのでご容赦下さい。

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フィリピン(ダバオ)移住計画

元々私は今で9年Web制作のフリーランサーをしていました。9年と言っても、今では殆ど受注していません。
アフィリエイトと占いに専念していますが、以前のお客様のサイトやドメインの管理は残っていますし多少の管理費や更新費用は頂いていました。

日本が嫌になったきっかけ

そもそも2010年を超えた辺りから日本ってなんか気持ち悪いよなと感じるようになっていました。
それは日本国内で起こる様々な事件や民衆の反応、そして昔から続く足の引っ張り合い政治・・・
そして、元が取れない年金の請求やバカ高い保険料金の請求
日本に住んでるだけで日本に住んでるだけで金が掛かる寝て居ても金をむしり取られると言う風に感じていました。

特に気持ち悪いと感じていたのは、今の日本って言ったもん勝ちなの?と言う部分。
10年20年前なら「おーー良いことしたね」と言われてた世の中も腐り始めTwitterでは老人に席を譲ったら「私はそんなに年取っとらん」と怒られた。
みんなの反応はしなくても良い事をしたからだよ。なんて言う意見もちらほら、そして、私も今後は席を譲るような事をしないで置こうと言う人も多く見られました。

他人のしかも見ず知らずの人のイチ体験談(しかも140文字程度)の文を読んだだけでたまたま怒った老人が居ただけで・・・
とも思いますし、親切をするのに勇気が必要になる社会ってどうなの?ってホントに思いますし、そう言う社会が気持ち悪いと感じたのです。

フィリピン(ダバオ)移住2カ年計画スタート

それまで私は海外旅行なんて人生で2回程の経験しかありませんでしたが、貧困国に行ってお金を気にせず穏やかに暮らして生きたい。
あわよくばビジネスチャンスを掴めるかも?自分に余裕が出来れば自分以外の誰かを1人か2人は幸せにしてあげられるかも?
なんて淡い夢を抱いたのと、日本に居る不要な人脈やしがらみからも解放されたかったのと、数十年生きていると家の中がモノで溢れかえってしまっていた事もあって
断捨離の意味も込めて移住計画を建てようと考えたのです。

現状はWeb制作フリーランスでしたから、当然、お客様も少しは抱えていましたし、それ以外の収入はありませんでしたから、まず最初に考えたのは、海外で暮らせるだけの生活費はどうするか?
幸い当時の私にはある程度の貯蓄がありましたのでそれを元に移住してアフィリエイトでもしながら、緩く暮らしていくか?と言う考えでした。
副業として占い師なんて仕事もしていましたのでそれも活用すれば何とか生きていけそうだなと言う確信もありました。

アフィリエイトは昔ちょこっとしていただけだったし、そんなに大きな金額を継続的に稼げても居ませんでしたから、これから継続的に安定したアフィリエイトの収入を築こうと思ったので、2カ年計画として計画を立てました。

ネット収益 自動化の末路

アフィリエイトは当時抱えていたお客様の提案もあってアダルトアフィリエイトをする事になったのですが結果から言うと失敗に終わりました。
一時期は月20万ぐらい稼げた月もありましたしプログラムである程度自動化して効率良く稼げていましたが、海外ASPによる圧迫やシステム変更、更には報酬変更により労働と見合わなくなったので辞めることにしました。
それに加えて提案してくれたお客様もアダルトアフィリエイト事業から撤退する事になり、結果的に「ふりだしに戻る」状態でした。

自動化アフィリエイトで微々たるものですが収益にはなっていたのですが、ある日を境にパッタリとD友報酬が無くなり収益が激減してしまったので自動化アフィリエイトも辞めてしまいました。
それでも当初は何とか出来ないかと思って、ジタバタと自動投稿システムを作ってみたり、自動タイトル生成ツールを作ってみたりしましたが鳴かず飛ばずで結局、私もアダルトアフィリエイトからは撤退する事にしました。

結局は王道アフィリエイトがしんどいけど1番強いし後の財産になるんだなと思った瞬間でした。

参考URL: 自動化アフィリエイトの詳細記事

移住スタート

フィリピンでの家の契約も完了し、日本の家の解約・転出届け、8年住んだ一人暮らしの家の片付けも終わり、いよいよ移住当日になりました。
収入については不安が残るものの、ある程度の貯金(数十万円(苦笑))とクレジットカード(VISAカード1枚だけ150万円枠)がありましたので、まぁなんとかなるか?と言う軽い気持ちでスタートしようと東京・名古屋・兵庫県から見送りに駆けつけてくれた友人達と共に関西空港へ到着すると台風の影響でその日は飛ばず・・・
しかし、持ってきていた移住の為の荷物は約100キロwwww

空港にはカート毎、預かってくれるサービスがありまりましたのでそこに預けて見送りに来てくれた友達3人と夜の大阪観光がてら飲みに行くことにしました。
通天閣付近の居酒屋で飲み喰いした後、ネットカフェ(解約して家が無いから)で寝て次の日の朝に再び空港へ向かいました。

セブパシフィック航空で受付をしていると、ここで早速トラブル発生!

重量超過!!!と言う事で追加料金が現金で必要になると言われましたがある程度、想定内の範囲で「どうせ3万4万程度でしょ?」と考えて居たのですが甘かった。

空港での荷物重量超過

重量超過は1kg1万円!

チケットを取る時に付けれるオプションは全て付けて荷物山盛り運べるようにしていたのですが16.1kgオーバーで16万1100円の追加料金が発生!

しかも、支払いはカードではダメだそうで、ニコニコ現金払いオンリーです。
幸い数十万円の現金は持っていましたので、泣く泣く161100円を支払い飛行機に乗れる事になりました。

が!更にトラブル発生!!

移住先の家で害虫駆除の為に買っておいたバルサンや殺鼠剤の類は全てNG!半透明の収納ケースに入れて持ってきて居た荷物全てを開封させられチェックされてしまいました。
100キロ分の荷物全部です(涙)

10キロ分ぐらいは荷物を没収されてしまい10万円分ぐらいは損した気分です・・・

マニラ空港到着

マニラには2時間遅れで到着したのですが、乗り継ぎ予定だったマニラ→ダバオ便は先に飛んでしまい、チケット振替えの手続きをする事に・・・
4時間カウンターで待たされた挙句、次の便は明日の朝の7時35分発の便との事で約18時間の待ち時間が出来てしまいました。
セブパシフィックは一応相部屋になるがホテルを確保していますからそちらでおやすみ下さいと言うが、タクシーに乗って数十分の距離のホテルでしたし、100キロの荷物の積み下ろし、ホテルで数時間休んだ後、また戻って来なければイケナイ事を考えるとホテルは辞退した方が良いんじゃないかと考え辞退することにしました。

100キロの荷物Inマニラ空港
赤枠で囲んだのが私の持ち運んでる荷物ですwwww

マニラ空港の4階には喫煙OKなカフェが1軒だけあり、そこで一息付きながら休憩しました。
カフェは無情にも23時閉店・・・仕方が無いので、空港のフロアにリュックサックを枕に寝るしかありませんでした。

そして、次の日の朝になり無事ダバオの家まで辿り付いたのでした。
移住先に到着するまでに100キロの荷物を引きずりながら3日間の旅となり、新しい家に着いた時はもうフラフラになっていました。

こんなだらだらとツマラナイ話を最後まで読んで下さり有難うございました。

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